2025年12月22日
世界をリードする「炭素繊維」 EV変調で問われる成長戦略 次世代モビリティやeアスクルにも
石油材料などを繊維状に加工し、熱処理を加えて炭化させることで作られる炭素繊維。樹脂に含侵した炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、強度と軽量性、成型の自由度を兼ね備える。金属からの置き換えで大幅な軽量化が見込め、自動車ではバンパーやルーフ、ドアパネルなどで採用される。軽量化要求の強い電気自動車(EV)の存在も、市場拡大を後押しする。半面、金属に比べて製造原価もリサイクルコストも高くなりがちで、量販車種への展開には限界がある。世界シェアの約半分を握る日本の化学メーカーの間でも、モビリティ向けの戦略には違いが目立ち始めた。

世界シェアは日系3社で5割に達する 高い成形性生かし内外装やバッテリーケースなど
用途は豊富(帝人の製品サンプル)
「欧州連合(EU)が自動車への炭素繊維の使用禁止を検討」―。今年4月、経済紙が報じたニュースに化学各社は虚を突かれた。発端となったのは、1月に欧州議会が公表した使用済み自動車(ELV)規制の修正案。炭素繊維が、鉛や水銀、カドミウム、六価クロムと同列の規制対象物質に加えられた。EUの言い分は、「破砕時の粉塵に作業者が長時間さらされることで、健康被害が生じる可能性がある」というもの。報道を受け、炭素繊維製造で世界シェア上位の国内メーカー3社(東レ、帝人、三菱ケミカルグループ)の株価が一時急落した。

グラム単位の軽量化が求められるレースの世界では 欧州メーカーの高性能車種が主な受け皿(帝人製
車体部品に不可欠(東レ・イベント出展の様子) ドアパネルを採用したポルシェ「911GT3RS」)
とはいえ、EUの示す規制根拠は薄弱で、各国の自動車業界からは反発の声が噴出。5月には日本化学繊維協会(化繊協)も「適切な取り扱いの下では人体に甚大な影響が確認されていない」と反論し、化学各社も足並みをそろえた。その後、欧州議会は表決案で炭素繊維への言及を取り下げ、規制は事実上撤回された。
化繊協の内川哲茂会長(帝人社長)は7月の就任会見で、「有害物質項目からは外れそうだが、循環型社会の実現に当たって『コンポジット(複合材料)が使いにくいのでは』という懸念も持たれている」と、イメージ低下の懸念について言及。「CFRPの有効性、有用性、適正管理下でのリサイクル可能性を、業界を挙げてしっかりと発信していく」と強調した。
ひとたび逆風こそ吹いたものの、各社は引き続き炭素繊維事業のさらなる成長に期待を寄せる。三菱ケミカルグループの筑本学社長は12月18日に開いた事業説明会で、炭素繊維複合材料を成長ドライバーの一つと位置付ける方針を示した。中期経営計画の最終2029年度には、炭素繊維・コンポジット事業の売上高を現状の約2倍となる2010億円に引き上げる計画を掲げる。カギを握るのは、次世代モビリティへの展開だ。
同社は米アマゾンの自動運転部門「ズークス」が手掛けるロボタクシー向けにCFRP部品を供給する。ズークスは米国の一部地域で今秋から試験展開を始めており、26年以降、サービスが本格化する見通し。木田稔執行役員最高財務責任者(CFO)は「ロボタクシー向けの出荷はしっかりと始まっている。(今後の拡販の)いちばん最初のブースターだ」と自信を示し、ロボタクシーを足掛かりに、欧州メーカーのスーパーカーや空飛ぶモビリティなど、付加価値を乗せやすいハイエンド用途に展開する青写真を描く。
帝人も海外メーカーの高性能車種に照準を定める点では共通するが、目線はやや異なる。同社はポルシェ「911GT3RS」のドアパネルや、BMWの量産EVの車載電池ケースにCFRPを供給しており、北野一朗執行役員複合成形材料事業本部長は「結構な販売量がある」と胸を張る。いずれの車種も高価格帯ながら、スーパーカーに比べるとある程度の販売台数が見込める。「自動車向けCFRPを始めて約15年になる。当初は黒字ギリギリの歩留まりだったが、7、8年以上かけてグループの中でもトップレベルの生産安定性を確立できている」。独自の基布製造・成形技術を生かし、他社に比べて量を追える点を強みに、B・CセグメントEVなどへ進出したい考えだ。
炭素繊維世界シェアでトップに立ち、レース車両や高性能車種へのCFRP供給実績も豊富な東レ。しかし、吉山高史上席執行役員複合材料事業本部長は「EVでCFRP(が伸びる)という風潮もあったが、鉄から置き換わるほどの波にはなっていない。鉄をあなどっていた面があったのかもしれない」と、市場を冷静に分析する。
航空宇宙産業や風力発電設備などでは、軽量高強度という炭素繊維の特徴が絶対的に生きる。半面、自動車ではEV時代においてもなお、CFRPは金属と天秤にかけられる地位にある。吉山本部長は「今の鉄はよくできていて、厚みの工夫などでかなり軽くなる。〝でき過ぎ〟と言ってもいい」と話す。燃料電池車(FCV)の水素貯蔵用圧力容器補強材としての需要も見込んでいたが、「水素向けの(成長予想と実需の)ズレは大きかった。飛躍的に伸びるにはもう少し時間がかかるだろう」と率直に認める。
車体部品や水素容器は今後も成長分野だけに、研究開発や生産投資の手を緩めるつもりはないとする。一方で、東レは他の自動車用途でも活用の可能性を探っており、その一つがeアクスルだ。ローターに埋め込まれた磁石は、回転時の遠心力で脱落しユニットを破壊する恐れがあるが、ローター外周に炭素繊維の糸を巻き付けることで、こうしたリスクを防ぎつつ高回転化、高出力化に寄与できる。すでに海外メーカーのEVで採用実績もあり、吉山本部長は「比較的リーズナブルなコストでEVの性能に貢献できる。用途としては有力だ」と伸びしろに期待を示す。
有力な用途であるEVの普及が踊り場にある中、CFRPがごく一部の車種にのみ採用される〝高嶺の花〟にとどまり続ける可能性は拭えない。さらに中国勢は炭素繊維分野でも存在感を高めている。とりわけコスト競争に陥りやすいフィラメント(糸)など、素材レベルでは日系メーカーの守勢がにじみ、「ニューカマーでも作れるような糸を積極的にやることはない」(三菱ケミカルの木田CFO)と、付加価値を乗せやすい成形品にリソースを振り向ける。需要をどのように見定め、どのように国際競争力を維持するのか、各社の成長戦略が問われそうだ。
| 対象者 | 自動車業界 |
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日刊自動車新聞12月22日掲載











