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2025年6月30日

スキャンツール最新事情 「標準機」開発へ官民で挑む 普及見据え商品戦略の再考も

 自動車技術の進展や整備士不足を踏まえ、官民でスキャンツール(外部故障診断装置)の在り方が検討されている。全国の認証工場のうち約8割を占める専業事業者の整備技術向上にはスキャンツールの高機能化が必要となるためだ。今後、専業者で対応できない作業が増えると、国内全体の整備能力が不足する恐れがある。その中で、課題解決の一手となるのが、自動車メーカーが提供する技術情報を活用して開発される標準仕様の汎用スキャンツール(標準機)だ。

 

純正機と汎用機
 スキャンツールは、自動車メーカーが系列販売店向けに開発して自社ブランドの車両のみに対応可能な純正スキャンツール(純正機)と、複数メーカーの車両に対応した汎用スキャンツール(汎用機)に大別される。汎用機には標準仕様とツールメーカーが独自開発した非標準仕様がある。
 専業者や車体整備事業者の多くは、複数メーカーの車両を取り扱うため汎用機が不可欠となる。一般的な点検や車検に関する整備では問題ないが、自動運転装置など新技術となると純正機と比べて作業範囲は限定的だ。専業者らが自動車メーカーなどから純正機を購入することはできるが、複数メーカーを取り扱うとなると投資の負担は少なくない。
 専業者らは汎用機で整備ができない場合、メーカー系列販社に車両を持ち込んで作業依頼することが一般的だ。ただ、近年はメーカー系販社も整備士不足と働き方改革を背景に対応能力は限界に近い。今後、専業者らで対応できない作業が増えると、行き場のない〝整備難民〟が生まれるケースも懸念される。
 また、整備作業に大きな影響を及ぼすのがサイバーセキュリティー(CS)への対応だ。2021年発効の国連基準で、自動車メーカーは製作した車両にCSの確保が義務付けられた。メーカー各社は車両に電子制御ユニット(ECU)の「セキュリティーゲートウェイ(SGW)」を搭載し、スキャンツール使用者の認証や暗号鍵を用いた作業の管理などを導入した。現時点で汎用機はSGW非対応のため、認証や管理は純正機でなければ実施ができない。
 国連規則上、どこまで厳しいCSを課すかは自動車メーカーに委ねられている。スキャンツールの認証が必要な作業が増えると、汎用機を使用する専業者らでは作業を行えなくなる可能性がある。そのほかにも、OBD(車載式故障診断装置)検査の対象車両と検査台数が拡大する中、不適合となった車両を整備する際に純正機でしかできない作業が今後増えることを懸念する声も整備業界団体から聞かれる。

 

事業者のために
 こうした課題を踏まえつつ、専業者らが常に点検整備や車検を行える仕組みづくりには、専業者の整備技術の向上と使用するスキャンツールの機能をメーカー系列販社並みに向上させる必要がある。そこで、国土交通省の官民検討会が示した方向性が「汎用機の機能向上」と「専業事業者が純正機を購入・レンタルしやすい環境の整備」だ。
 ツールメーカーが汎用機の標準仕様(標準機)を開発するには、自動車メーカーと個別に契約して「OBD情報」の提供を受ける必要があるものの、「契約が複雑」「情報提供料が高額」などにより開発が進まない実情がある。民間の契約に関するものであり、OBD情報の内容などについて行政は関与しづらい。
 そこで検討会は、公的な第三者機関が自動車メーカー各社からOBD情報を一元的に購入・管理し、一定の要件を満たすツールメーカーに有償で提供する新スキーム案の検討を進めている。ツールメーカーの負担を軽減し、標準機の抜本的な機能向上と開発促進を図る狙いだ。国交省は今後、OBD情報の取り扱いに関する指針などの策定を進め、8月ごろに意見募集(パブリックコメント)、秋頃に告示・通達の公布を予定する。
 専業者らが純正機を購入・レンタルしやすい環境も整える。19年の改正道路運送車両法で、自動車メーカーと正規輸入代理店に対し、自動車特定整備事業者などに純正機および整備マニュアルの提供を義務付けた。省令では同事業者が「容易に入手できる方法」であることや有償提供の場合は「金額が合理的かつ妥当で、不当に差別的でないこと」と規定。国交省は今後、これらの順守状況を調査して、適切に提供されていないと判断した場合には、自動車メーカーなどを指導、処分するとしている。
 専業者の整備技術を向上するこれらのアプローチは、自動車メーカーをはじめ、業界の垣根を超えた連携・協力が不可欠となる。この点について、官民検討会に参画する各業界団体も一致した認識だ。

薄れる差別化要素
 とはいえ、あるツールメーカーの関係者は、官民連携で標準機を開発する動きを評価する一方で、「商品の差別化は薄れるだろう」との見方も示す。自動車メーカーから提供されるOBD情報が少なくとも「できる限り(純正機の)100に近づけて開発・販売することがツールメーカーに問われる技術力で、他社と差別化する競争力だった」からだ。標準機の普及を見据えて、スキャンツールの商品戦略を再考するツールメーカーが出てくる可能性もありそうだ。

対象者 自動車業界

日刊自動車新聞6月30日掲載