会員向けクルマ
biz

INFORMATIONクルマの情報館

自動車産業インフォメーション

2025年4月8日

〈キーパーソンに聞く〉早大ビジネススクール 池上重輔教授 トランプ関税の自動車業界への影響は

 トランプ米政権の高関税政策は、日本をはじめ自動車メーカーや部品業界にどのような影響をもたらし、企業はどう対処すべきか。自動車業界に詳しい早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授に聞いた。

「半年もすれば『米国車が売れるようになるわけでも雇用が伸びるわけでもない』といった実情がはっきりし始める」と予想する池上教授 

―今回の関税政策をどうみるか

 「〝トランプ関税〟は、大きくは①国内の製造業の復活②雇用増③1.2兆㌦(約185兆円)の貿易赤字是正という3つの目標があるが、結論的には達成は難しいとみる。米国はプラザ合意での円高誘導、ブッシュ政権の鉄鋼関税、前トランプ政権の鉄鋼・アルミ関税などで自国産業の保護や振興を図ったが、どれも達成できていない」

 「それに、仮に米国外の自動車メーカーが対米投資するとしても、効果が出るまでかなり時間差がある。ゼロベースで始めると計画策定から生産開始まで4~5年かかるのが通例だ。トヨタのアラバマの工場は計画から2003年の製造開始まで3年以上、要したとされる。24年末には中国・上海に電気自動車(EV)と電池工場の建設を発表したが、生産開始は27年。日産のチェンナイの工場も3年かかった。EVであるテスラのドイツ工場でも2年だが、急ぎ過ぎたこともあってか、環境などの問題が起きている」

 ―貿易赤字是正の点でも効果が見込みにくいと

 「理由の一つは市場動向だ。国・地域別にみると、まず米国に5千億㌦以上(24年度)の輸出をしている中国は、確かに(政府補助への批判など)関税以外の要素も含め、マイナスの影響を受ける。ただ、主要品目は電気機器や一般機械などで、自動車はまだ金額的に大きくはない」 

 「欧州は、欧州委員会や主要国が報復の姿勢を見せており、現時点で各自動車メーカーが特別に自助努力をする動機は弱いように見える。日本車はメーカーごとに事情は違うが、総じてマイナスのインパクトは大きくはないだろう。米国際貿易委員会の24年レポートからみると、関税が25%とすると、米国内の市場価格は5%ほど上がる効果をもたらす。日本メーカーは過去の行動から想定すると、さまざまな施策で価格上昇を最低限に抑えるだろう」

 ―米国メーカーも影響を受けるとみられる

 「米国車の多くは輸入部品を使っており、車種やグレードにもよるが、その比率は20~50%程度とみられる。これらは関税影響で車両コストを押し上げる。過去の米国メーカーの行動からみると値上げの可能性が高く、彼らのシェアは必ずしも高まらないだろう。自動車は価格弾力性が高い(価格が上がると購入が減りやすい)だけに、購買減少の影響は米国メーカーのほうが大きくなる可能性もある。その場合、関税による税収も想定に届かず、国内製造業の復権も進まない結果になる」

 「数カ月は状況もはっきり見えないかもしれないが、半年もすれば『米国車が売れるようになるわけでも雇用が伸びるわけでもない』といった実情がはっきりし始める。むしろインフレが進み、製造業の復活も遠く、税収も伸びず、貿易収支改善も見えないことが顕在化する。そうした動きを横目で見つつ、日本として方向性を考えることになるだろう」

 ―自動車メーカーの対応策は

 「生産地の拡散や日産自動車のように、米国に生産を一部移管する動きも出るだろう。ただ、メーカーによって事情が違う。そもそも米国向け自動車の大半をすでに北米で生産しているトヨタやホンダは、関税の影響は相対的に低い。一方、日産は米国で販売する車の国内生産比率は7割以下とみられ、中長期にグローバルサプライチェーン(供給網)を再編する戦略があればよいが、拙速に対米シフトすると競争力に響く懸念がある。そう考えると、日本勢としては『米国投資を検討します』とアピールしつつ、政策が変わったり、政権の任期が来たりするのを待つ可能性もある」

 ―グローバルの影響は

 「北米市場での影響もさることながら、注目したいのはアジア市場だ。中国の自動車生産キャパシテイは5千万台近いとみられるが、中国国内の景気落ち込みを考えると、内需で吸収できるとは思えない。数百万台分が余剰になるが、今回の関税アップで米国販売は望みにくく、行き先がアジアになると日本勢は厳しい戦いになる可能性がある。ただ、ポジティブにみれば、供給網やグローバルアライアンスなどで、日本の自動車メーカーの戦略転換を後押しする材料にもなりうる」

 ―具体的には

 「供給網で従来、重視されていたのはコストと効率だ。生産コストが安くてインセンティブ(補助金)がつき、最小在庫でジャスト・イン・タイムに対応できるような場所が選ばれた。だがコロナ禍でそれが変わり、柔軟性やレジリエンス(回復力)が重視され始めた。今回の関税では、迂(う)回生産が検討されるような安価な生産地域は高い関税が設定されている。もちろんコストや効率は重要だが、今回の関税は、今後のグローバル供給網で柔軟性やレジリエンス、地政学対応が重要な基準となることを後押しし、供給網再構築の引き金になりうる」

 ―グローバルアライアンスの方向性は

 「アライアンスを国際的な視点で再考する必要が、より明確になってきた。たとえば、元日産のカルロス・ゴーン氏は、個人としての問題は別にして、アライアンスを国内メーカーのみで組むのではなく、国際的なメーカー間で互いの特徴を損なわずにシナジーを生む『コモン・モジュール・ファミリー(CMF)』のような取り組みを進めた。それはある意味で正しかった。鴻海精密工業に生産を委託するようなことも、選択肢になるだろう」

 ―トランプ米大統領のスタンスをどうみるか

 「関税は、彼の〝ディール〟の一環の可能性もあるだけに、国別の関税の高低はある程度、理解できるが、税率に合理的な基準があるとは思えない。ただ、賛否や当否は別にして、米側の立ち位置を理解する必要がある。長年、貿易について研究してきた立場からすると、80年代や90年代に半導体や自動車の貿易摩擦が注目された当時、日本は米国の貿易赤字の4割近くを占めていた。その頃と違い、今や米国の主な標的は中国で、日本は貿易相手としてのボリュームでも5位以下で、米国の貿易赤字の5%程度を占めるに過ぎない。米国にとり、実際の経済的バリュー(価値)というより、象徴的なストーリー(物語)の一つだろう。米国との交渉では『日本との交渉でこんなものを獲得した』という国内向けの説明がより重要と思われる」

 ―米国は、日本の「非関税障壁」も相変わらず問題視している

 「非関税障壁で言えば、日米構造協議を例に挙げるまでもなく、販売網や各種の規格などが問題視されてはきたが、それらが『米国車の売れない主因』というわけではない。ただ、理解を得るのは難しく、今後も説明を尽くしていくしかない。米国生産の検討など、ある程度、時間のかかる対応を示して米国の変化を待ちつつ、その間に、関税を気にせずに外貨を稼げる産業政策、たとえばインバウンド観光に力を入れるにも一案だろう。24年の米国への日本車輸出は約7.2兆円。同年の訪日外国人による国内消費額は8.1兆円であり、政府目標が15兆円という数字も記憶しておいてよい」

 

いけがみ・じゅうすけ 早大ビジネススクール教授。早大商学部卒、一橋大で博士号(経営学)取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)などを経て2016年より現職。国内外で多数の役職を務め、自動車業界との関係も深い。

(編集委員・山本 晃一)

日刊自動車新聞4月8日掲載