2025年3月11日
〈提言〉「保険業法の改正に向けて」 自販連、小糸正樹副会長専務理事 顧客目線で保険戦略の再構築を
旧ビッグモーター問題や損害保険業界の一連の不祥事を踏まえ、保険業法の改正案が今国会で成立する見通しだ。省令改正などを通じ、保険販売のルールが変わり、損保代理店も兼ねるディーラーも影響を受ける。日本自動車販売協会連合会(自販連、加藤敏彦会長)の小糸正樹副会長専務理事に今後の対応などの意見を寄せてもらった。
自販連 小糸正樹(こいと・まさき)副会長専務理事
■制度改正への対応
特に大規模な乗合損保代理店の体制整備強化が法改正の柱だが、新たな規制の対象となる代理店の範囲や体制整備の具体的な内容はこれから検討される。現場に負担がかかりすぎないよう金融当局と連携していきたい。該当の会員企業はしっかりと新たな規制に対応する。(損保も代理店も)顧客目線で保険事業戦略の再構築をする必要がある。
■損保の出向引き上げ
過剰な便宜供与にあたる出向や営業目的での出向などを解消するのが金融庁の報告書の方向性だったのに、全ての出向を解消するのは過剰反応だ。顧客対応をする代理店の現場に大きな影響が出る。今後は「比較推奨販売」の厳格化等でこれまで以上に顧客本位の徹底が求められる。こうした疑問に答えないまま全部やめるというのは思考停止であり、責任感が欠如している。政府から求められている「ゴール」は顧客本位の業務運営であって、出向の見直しではない。プリンシプル(原理)なき出向解消を再考すべきである。
出向者を経由した情報漏えいの問題も引き上げの理由になっているようだが、そもそも出向元(損保)が同業他社の情報などを漏えいさせることを奨励、黙認していたことが最大の問題ではないのか。出向そのものの問題にすり替えるべきではない。
■「テリトリー制」
いわゆるテリトリー制は乗合保険代理店が自社の店舗ごとに推奨する損保商品を決める慣行だ。金融審議会ではテリトリー制そのものの議論はなく、廃止を求められているわけではない。比較推奨販売の適正化=テリトリー制廃止と混同した記事も見かける。メディアは正確に伝えるべきだ。
テリトリ―制は損保に便宜供与を競わせるために存在するかの如(ごと)き論調があるが一面的な見方だ。むしろ損保の要請で店舗ごとに棲(す)み分けてきたような歴史も忘れてはならない。テリトリー制に対する顧客からの不満は聞かない。保険商品がどれも大差がない中では、いざというときにディーラーでしっかりサポートしてもらえることが最大の関心事項だからではないか。
■テリトリー制の今後
しかし、テリトリー制は一定の修正をしなければならない。「顧客の意向にかかわらず、店舗ごとの推奨商品を決めてそれのみを販売する」やり方は修正を求められる。
一方で、「店舗ごとに推奨商品を決めているが、顧客の意向に寄り添い、他社の保険を希望する場合にはきちんと対応する」というやり方であれば大きな修正の必要はない。損保各社の商品に差がない中では、比較推奨販売の適正化と両立できていれば、店舗ごとに主に推奨する商品を決めること自体はそれほど問題ではない。今後の販売のあり方については、これから明確になる政府のルールをしっかりと踏まえ、それぞれの代理店が責任をもって判断する。
ただ、テリトリー制が将来にわたってベストな仕組みだとは思わない。今後、商品の差別化やイノベーションが進めば、顧客は自分で選択するようになる。また、損保が人工知能(AI)などの活用で比較推奨販売や事故対応も含めて実務を抜本的に簡素化させれば、人手不足の制約は解消する。商品の差別化と実務の簡素化の2つで、あっという間に今のテリトリー制はなくなると思う。
■損保会社に望むこと
今後は「顧客本位の業務運営を徹底せよ」というのが金融当局からの宿題だ。損保としてどう取り組んでいくのかの戦略や方針が不可欠だ。代理店と一緒に協力して進められるようなものをぜひ対外的に打ち出してほしい。信頼回復のためには顧客にも響くようなビジョンが必要だ。政策保有株の売却益はDX(デジタル・トランスフォーメーション)などに充て、代理店の実務を抜本的に軽減するべきだ。
もうひとつ重要なのは会社間の競争だ。金融庁の規制強化のトリガーの一つは大手損保のカルテル行為だ。保険商品やサービスについて、今後は徹底的に競争してほしい。
〈プロフィル〉こいと・まさき 東京大学法学部卒業。1985年通商産業省(現経済産業省)入省。特許庁総務部長、経産省大臣官房審議官、復興庁統括官などを経て2021年2月より自販連副会長専務理事(代表理事)。横浜市出身。
日刊自動車新聞3月11日掲載