2025年1月08日
日鉄のUSスチール買収問題 日系自動車メーカー、米国戦略練り直しも
日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収が困難になったことに関し、日系自動車メーカーなどから影響を懸念する声が広がりそうだ。日鉄の高い技術を活用し、米国でUSスチールが生産する鋼材を現地調達する目論見が外れることになるからだ。同盟国である米国への投資に政治リスクが潜んでいることも示された。この先、日系自動車各社の米国戦略にも影響が及びかねない。
日鉄が2023年12月にUSスチールを約2兆円で買収することを公表したことに関して「日系自動車メーカーからは好意的な意見を頂いている」(日鉄の橋本英二会長兼CEO)と、自動車業界は全体的に歓迎する姿勢を示していた。多くの日系自動車メーカーにとって米国は主力市場で、特にトヨタ自動車、ホンダ、スバルなどは収益の柱でもあるからだ。
日鉄は粗鋼生産能力では世界4位だが、自動車に用いる高級鋼板の品質レベルなどは世界トップクラスとされる。軽量素材である超高張力鋼板(スーパーハイテン材)や、電動車の基幹部品であるモーター向けの電磁鋼板など、日系自動車メーカーの需要が強い材料でも優位に立っている。鉄鋼メーカーにとって最大の課題である高炉の脱炭素化に関しても、日鉄は二酸化炭素(CO2)を大幅に減らす水素製鉄技術の開発で先行しているとされる。
日系自動車メーカーは、日鉄が買収後のUSスチールに高い生産技術を移植すれば、米国にある完成車拠点で生産するモデル向けに、高品質で環境に配慮した自動車用鋼板を現地調達でき、米国事業の競争力強化につながると期待していた。日鉄もUSスチールの買収が「米国鉄鋼産業を強くして(自動車などの)ユーザーを含めた米国産業全体を強くすることにつながる」(橋本会長兼CEO)と主張してきた。
米バイデン大統領が買収計画の中止命令を出したのに対して日鉄は「(買収を)決してあきらめないし、あきらめる必要もない」(橋本会長兼CEO)として買収計画中止命令の撤回を求めて米政府などを提訴した。しかし、USスチールを買収するハードルは一段と高くなり、例え買収が実現したとしても想定以上に時間がかかることは避けられない見通し。米国を主力とする日系自動車メーカーの戦略にも微妙な影を落とすことになる。
20日に米大統領に就任するドナルド・トランプ氏は、米国への輸入品に対して10~20%の関税をかけると主張している。これが実行されれば、日系自動車メーカーが米国で生産するモデルに用いる半製品を含めた輸入鋼材の価格上昇は避けられない。第一次トランプ政権では、鉄鋼とアルミに追加関税がかけられた。日鉄のUSスチール買収が実現していれば、こうした事態を防げる可能性もあった。
日系の自動車や部品メーカーは、安定成長が見込まれる北米事業を強化しようと積極的に投資してきた。しかし、バイデン大統領は今回、同盟国である日本の鉄鋼メーカーが「米国の安全保障を損なうおそれのある行動をとる可能性がある」と判断した。安全保障を拡大解釈するような政治判断に、米国向け投資への政治的なリスクの高まりを感じとり、企業が投資により慎重になるとの見方が出ている。
日鉄は、買収中止命令が撤回され、トランプ新政権のもとで、改めて買収を審査してもらうことを求めている。ただ、トランプ氏は日鉄によるUSスチール買収を阻止する考えを大統領選で明確に示してきた。大統領就任後に態度を変えない限り、日鉄の買収計画が困難になったことは間違いない。日系自動車関連企業はトランプ次期大統領の関税政策なども注視しつつ、米国事業の戦略練り直しを迫られる可能性がある。
(編集委員・野元 政宏)
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対象者 | 自動車業界 |
日刊自動車新聞1月8日掲載