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2019年11月12日

〈シニア社会のひと・道・クルマ〉講演「認知機能低下した高齢ドライバーの運転挙動」NPO法人高齢者安全運転支援研究会事務局長 平塚 雅之氏

高齢者安全運転支援研究会の平塚雅之事務局長は、日本自動車会議所(内山田竹志会長)主催の会員研修会で高齢ドライバーの運転挙動をテーマに講演した。高齢ドライバーが起こす交通事故は認知機能の低下が原因の一つとされている。同研究会による調査でも、健常なドライバーと認知機能が低下したドライバーとでは、注意すべき違いが運転挙動に見られるという。

現行の道路交通法では、75歳以上のドライバーに認知機能検査を課しており、検査の結果、医師から認知症と診断されると運転免許証が取り消されることになっている。一方で認知症になる前の、認知機能が低下した段階でも運転操作のミスが起こる危険が高いことが専門家から指摘されている。

同研究会では認知機能に問題がない健常高齢ドライバーと、認知症になる前の軽度認知障害(MCI)、認知症が疑われる高齢ドライバーに教習所で実際に車を運転してもらう実験を行い、その運転挙動を比較している。

講演では実験の映像を見せながら、認知機能が低下した高齢ドライバーがどのような運転挙動を見せるのかを解説した。
例えばS字カーブでの走行。後輪が縁石に乗り上げそうになった時、健常者であれば切り返しをしてやり直すところを、MCIの高齢ドライバーは強引に行ってしまうことがある。平塚氏はMCIの人に見られる挙動について、「やり直しが発生した時、焦りが出てしまい、何事もなく終わったことにしたい、なかったふりをしたい、という心理が働くのではないか」と分析する。

普段と違うことが起きた時の反応にも明らかな違いが見られるという。ある日、報道関係者が取材のために教習所での実験の様子を撮影していたところ、MCIの高齢ドライバーは取材のカメラが目に入っただけでパニックになり、その後、立て直すことができなかったという。健常者は驚くことがあっても数分で元に戻るが、MCIの人はパニックになるきっかけもその後の反応も健常者とは異なるという。

実験では運転の前後に血圧と脈拍を測定している。この測定値にも明らかな違いが見られるという。健常ドライバーは運転後に血圧と脈拍が上がるのに対し、MCIのドライバーは血圧も脈拍もむしろ運転後に下がる。

この傾向について同研究会では、MCIの人は運転する前に緊張しており、運転後は走り終えた安堵感から血圧が下がる、という仮説を立てているという。平塚氏は「MCI気味の人には、運転する前に負荷をかけてはいけないということ」と注意を促す。

実験では急ブレーキ体験も実施するが、MCIの人はブレーキを強く踏むことができないという。平塚氏は「急ブレーキはマナー違反という感覚が染みついているのかもしれないが、これでは子供の飛び出しには対応できない」と指摘する。

一般道での普段の運転の様子をドライブレコーダーで観察したところ、さらに危険な状況があることも分かった。あるMCIの男性は、助手席の妻ともども、歩行者の存在に気づかないまま横断歩道を通過してしまった。

教習所での運転は問題がない元タンクローリーの運転手も、右折の時、交差点をショートカットしていた。いずれも一歩間違えれば重大事故につながる行為であり、平塚氏は「このような人たちが今も走り続けている」と警告する。

道路構造や設備の問題も挙げた。千葉県市原市で5月、駐車場から出ようとした車がペダルを踏み間違えて公園に突っ込んだ事故の現場には、駐車場出口に車が近づくと清算窓口が開くタイプの料金支払い機があった。現金払い、クレジットカード払いなど、いろいろな表示が出てくるため、「高齢ドライバーは瞬時に分からない。まごまごしてしまい、後ろから鳴らされるという焦りも出てくる」(平塚氏)。高齢者目線で設備も見直す必要があると訴えた。

平塚氏は「高齢者の多くは自信過剰で自分は運転が上手いと思っている」と指摘する。日常生活では老化を認めるものの、「車の運転だけは問題ないと言い張る。車の性能が良くなりすぎたため、〝運転は上手い〟という認識のまま」(平塚)。MCIや認知症については、知られたくない、触れられたくない、医者に診られたくないという心理も働くという。
認知症やMCIでなくても、老化によって運転に必要な能力は低下する。視覚能力の低下は特に危険性が高い。平塚氏は、昨年、神奈川県茅ケ崎市で起きた90歳の女性ドライバーによる死傷事故を挙げ、「景色は見えているが、本当に危険なものがあることを認識できていない」と指摘した。

高齢ドライバーが安全に運転を続けるにはどうすれば良いのか、また家族はどう接すれば良いのか。平塚氏は「今の高齢者はモータリゼーション、交通戦争を乗り越え、家族の面倒を見てきたという自負がある。危ないからやめてくれ、では喧嘩になる」と話す。「家族は親や祖父母に対し、これまでしてくれたことに感謝し、謙虚にお願いする姿勢が必要。老いは自覚しているが、人からは言われたくない、ということを分かってあげて欲しい」と提案した。

高齢者安全運転支援研究会活動方針
・運転に必要な能力の衰えの「客観的判断基準」の確立
・運転に必要な能力の衰えの「自己認識」の促進
・運転に必要な能力の「維持・回復・補助」の手法の検討・開発

さらに、認知症による交通事故抑制の一環として、
・高齢者の活動現場に認知機能低下の「早期発見」の仕組みを創出
・高齢運転者への「早期手当」で社会的損失の軽減

(同研究会ホームページより)
平塚雅之氏(ひらつか まさゆき) 日本自動車連盟(JAF)に約26年間在籍したのち、2012年の高齢者安全運転支援研究会の設立に携わった。13年から現職。自動車の使用環境に対しユーザーの視点から問題提起している。特に近年は高齢ドライバーと認知機能の問題に対し独自の調査研究に基づく意見を発信している。日本認知症予防学会が認定する「認知症予防専門士」の資格も持つ。1958年生まれ、61歳

日刊自動車新聞11月9日掲載

開催日 2019年9月27日
カテゴリー 展示会・講演会
主催者

日本自動車会議所

開催地 日本自動車会館くるまプラザ(東京都港区)
対象者 一般,自動車業界