会員向けクルマ
biz

INFORMATIONクルマの情報館

自動車産業インフォメーション

2019年9月27日

日刊自連載「どう防ぐ 高齢ドライバー事故」 松浦 常夫教授/自己調整をした運転を心がけ/自立を支える半面で自信過剰にも/心身の機能低下 複雑な場面で影響

ペダルの踏み間違い事故など、高齢ドライバーで目立つ事故はなぜ起きるのか、交通心理学の面からも研究が行われている。実践女子大学人間社会学部の松浦常夫教授は、ブレーキを踏むべきところでアクセルを踏み続けてしまうような行動には、パニック時の人間本来の反応が現れていると言う。

―交通心理学とはどのような学問ですか

「自動車交通に起因する安全の問題を心理学的な側面から研究する学問です。交通事故がなぜ起こるか。個人の特性である性格、態度、価値観、ライフスタイルなど、人間の心の問題が事故に与える影響を主として研究しています。こうした人間的要因に加え、交通事故防止のための教育、そして運転中や歩行中の行動という三つが交通心理学の主な研究テーマです」

―交通心理学から見た高齢ドライバーの特徴はどのようなものですか

「老いは基本的にあらゆる面にネガティブな影響を与えます。ですから運転者行動にも悪い影響が及びます。まずそれが一番の特徴です。もう一つ言えるのは社会との関わりが減っていくということです。社会との関わりを減らさないようにするには車は必要です。つまり、運転目的が変わり、私的な運転が多くなります。運転が生きがいであったり、自分の自立という側面もあると思います。車は老いを補ってくれる力強いものであるとか、そういう意味合いがある。ただし、その負の側面として自信過剰になってしまう面がみられます」

「高齢者は老いのため心身機能が低下しているので、若い人と同じようには運転できません。ではどうするのかというと、無理な運転はしないということです。それが『補償運転』という考え方です。心理学で言うセルフレギュレーション(自己調整)をした運転を心がけるべきだという考え方です。まだまだ若い者には負けないという面と、無理はできないという面が混在しているのが高齢ドライバーの特徴です」

―運転技能にはどう現れますか

「問題なのは、心身機能の中でも、運転に必要な危険予測と言われる注意機能の低下です。注意を向ける前提となる認知機能も大事ですし、その基本となる視力などの目の働きも老化していきます。これがあらゆる事故を増やす原因になっています。こうした心身機能の低下が特に運転に影響するのは、複雑な情報処理が求められる環境下です。危ない場面でなければ、認知機能などがある程度低下していても事故にはならないということです」

―高齢ドライバー事故の報道をどうみていますか

「いかにもマスコミらしいというのが印象です。高齢者を悪役にする論調になってしまうことは不快に思います。ただ、報道しないよりはいい。なぜなら、報道を見て免許返納を考える人がいるからです。確かにペダルの踏み間違いや逆走はいかにも高齢ドライバーの事故です」

―異常と思える運転行動をしてしまうのはなぜですか 「人間はパニックになってしまうと、元から身についているなじみの行動をするということが心理学的に言われています。これを『動因理論』と言いますが、例えば、普段は標準語を完璧に話している人が強いプレッシャーを感じた時に方言が出るというように、何かあった時に本来の行動が出てしまうということはよくあることです。車の運転の場合は、普段の行動がアクセルです。何かあると、ついアクセルにいってしまうというのが一つの考え方です」

「もう一つは空間能力の低下です。踏み間違いなどの車両単独事故が起きやすいのはこのためだと言われています。また、逆走は自分が行くべき道だという思い込みです。若い人は途中で気づきますが、高齢者は思い込んでしまっていて気づかない。車の運転というのは、行こうと思えばどこへでも行けます。そこを行けないようにするべきなのです。それをしないのは行政の怠慢といっても良いかもしれません。インフラは非常に重要です。ドライバーに期待するよりもはるかに効果的です。安全運転をしなさいと言うよりも環境を変えていく方がずっと重要です」

―認知症と事故は関係があるのでしょうか

「交通事故に関しては関係があると言われています。警察庁の調査によると、75歳以上のドライバーの1人当たりの人身事故件数は1千人当たりにすると6人です。これが、『認知症の恐れあり』と判定された人は14人、医師が認知症と診断した人だと20人になります。つまり認知症の人はそうでない人の3倍以上、危険ということです。しかし、認知証の人でも1千人のうち980人は翌年、事故を起こさないということになる。この解釈が難しいのです。素直に見れば認知症の人でもほとんど(98%)は事故を起こさないということになりますが、運転していないから事故が起きないということもあるわけです。でも確実に言えることは認知症や認知機能の低下は交通事故の要因になるということです」

―高齢者が安心して運転を続けるにはどうしたら良いのでしょうか

「いろいろな考え方があって、一つは老いをストップさせることです。認知トレーニングや脳トレなど訓練や交通安全教育をしっかり受けて自分で頑張る。もう一つは私が提唱している補償運転で、不要不急の運転はしないということです。もっと重要なのが道路とか車とか、社会のシステムを向上させることです。東京以外は車依存が進み過ぎています。そういう社会の仕組みを変えることが必要です。車を排除するわけではないですが、過剰な車依存をただすような生活のスタイルが望ましいと思います」

「交通の問題は事故の問題だけではなく、社会全体の問題です。免許を返納すればいいという問題ではありません。ですから返納したからといって行政は喜んで良いというわけではない。危なくない人になるべく運転してほしいのです。活力ある社会、生きがいのある人生にはクルマの運転は必要です。欧米はそういう考え方です。高齢者講習をやって免許を返納しましょうという国は日本だけです。日本は高齢化の最前線で本当に危ないドライバーが多いからそうなってしまうのですが、豊かな老後のためには車で出かけましょうというキャンペーンがあってもいいと思います」

―サポカー限定免許が議論されています

「昼間だけの免許や地域限定免許など、有識者会議で言いましたが、役所はそこまでまだ踏ん切りがつかないのです。なぜなら、どうやって判断するのか研究者側も行政側も自信がないからです。それよりも、サポカーに乗ればいいですよと言った方がはるかに楽です。しかし、サポカー限定免許に移るには車を買い替えないといけない。サポカー限定なのに普通の車に乗っている免許条件違反が増えるでしょう」

―家族にできることは

「サポカーを買う金銭的支援もあるでしょうし、車に同乗してあげるだけでも支援になります。同乗してあげると事故は減ります。若い男性の場合は逆効果だと言われますが、それ以外は他の人が同乗することがプラスに働きます。もう一つは同乗者が周囲を見てくれることです。それだけでも安全性が高まります。運転についての話し合いや、家族が代わって運転してあげることも大切です」

―自動車業界にできることは

「たくさんあります。先進国で事故が減っているのは車が良くなっていることと、信号や道路といった世界でほぼ共通の仕組みがあるからです。つまりエンジニアリングが事故の減少に寄与しているということです。しかし、負の側面として地方部では車がないと生活ができないという人間らしくない社会をつくり上げてしまいました。街づくりの視点として車への過剰な依存から脱却していくことが必要でしょう」(聞き手=編集局長 小室祥子)

=おわり=

日刊自動車新聞9月24日掲載

開催日 2019年9月24日
カテゴリー 白書・意見書・刊行物
主催者

日刊自動車新聞社

対象者 一般,自動車業界