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2019年9月23日

日刊自連載「どう防ぐ 高齢ドライバー事故」(3)愛知工科大学 小塚一宏名誉教授

高齢ドライバーが事故を起こしやすい原因の一つに「年を取ると視野が狭くなる」という〝定説〟がある。しかし、豊田中央研究所出身で、大学に転じてから「ながらスマホ」の危険性に警鐘を鳴らし、愛知県による「車両運転中のながらスマホ対策事業」も監修する愛知工科大学の小塚一宏名誉教授は「高齢になっても見える範囲は変わらない」という。

―高齢になると視野が狭くなるのではないのですか

「ドライビングシミュレーターで運転環境をつくり、高齢の人と若い人を比べると、高齢の人はどうしても真ん中寄りを見るようになり、脇まで視線が幅広く移動しなくなります。一般的には『高齢になると視野が狭くなる』という言われ方をしますが、視界の縁が欠けてくるわけではなく、高齢になっても見える範囲はそう変わらないのです。しかし、その範囲の中で視線が動き回る範囲が、特に左右方向が減ってきます。それが一般的に言われる『視野が狭くなる』という現象です」

「つまり、高齢者であろうと若い人であろうと目に飛び込んでくる視界そのものは変わりません。その視界の中で、本当の意味で『見えている』というのは視線が動いて物体を捉え、脳に情報として届いて、初めて情報として認識するわけです。若い人から中年ぐらいまでは、無意識のうちに本能的に左右に視線を配り、無タスクの場合だと幅広く周囲を見ています。高齢になると視線移動が減り、昔のように頭を動かさずに眼球の動きだけで確認しようとしても、そこは機能が落ちているから見えていません。僕らも実験をやってみてわかりました。多くの人は多分、こうしたメカニズムに気づかれていないと思います」

―高齢ドライバー事故を減らす上で対策はありますか

「まずは『年を取るとこうなりますよ』と周知することです。運転歴が長く、事故歴もない人は『事故をやってないから大丈夫だ』と機能低下をあまり認めたくない気持ちもあるでしょう。そこまでいかなくても『俺は問題ないんだ』と、高齢ドライバーによる事故を他人ごとと捉えがちなケースもあると思います。しかし、年齢とともにいろいろな機能が落ちてくるのはしようがありません。そこをよく自覚し、意識的に首を左右に振って見るようにした方が良いと思います。ちょっと首を振れば視線の正面で確認できます。正面方向のものは確認できますから」

―車両側ができることはありますか

「自分で車に乗っていてもやはり、ブラインドに車がいて突然出てくるとハッとします。加齢に伴ってどうしても視力が落ちてくるし、見え方も狭くなってくる。そういったところは車両の技術で左右方向の警告を出すといったことが考えられるでしょうね。今はカメラとかミリ波レーダーなどのセンサーがたくさん付いていますから。ただ、若者から中年までと、高齢者とで注意の出し方を少し変えた方が良いかもしれませんね。若い人や中年までは自分の能力で気づくから、そこまで知らせる必要はないんです」

「昔の話ですが、私の先輩がカーナビをやっててね。若い人から中年までと、高齢者とではカーナビ画面の見え方が違うんです。色も違う。高齢者はどちらかと言うと、昔の写真みたいな、少しセピア色のように見える、だからカーナビの文字とか大きさ、色表示も若い人、中年までと高齢者とは多分、変えなくてはいけないだろうと言うんです。最適な見え方がそれぞれ違いますから」

―先生は「ながらスマホ」の危険性に警鐘を鳴らされています。自動運転の「レベル3」では、セカンドタスク(運転以外の行為)が認められる方向です

「人間は複数のことを同時にできないんですよ。二つ以上のことを同時に行うと、その人の興味や関心が一番強いものに集中してしまいます。脳の認識も注意力も意識も視線を含めてすべてね。レベル3で『運転に注力しなくていいよ』となると、面白い小説なんかを真剣に読めば、当然、そこに意識が入り込む。面白いテレビや好きな音楽でも同じです。その世界に入ってしまえば、急にパッと戻って『周辺を見て下さい』となってもすぐには戻らない。熱中している時はほとんど周囲が見えていないから、まず状況を理解するだけでも難しい。僕はレベル3で『他のことをやっていてもいいよ』というのは、そうたやすくはないと思います。専用レーンを用意し、トラックなどプロドライバーの負担を軽くするという考え方はあると思いますが、急に意識を切り替え、すぐに交通の状況を把握して運転行動を一般的に取れるかといったら取れませんよ」

―これからは車両開発に医学や脳科学の領域も重要になりそうです

「大事になっていくと思います。設計の基本的なところに人間の特性を合わせていくというか、それをベースにして車の設計をどうするかでしょうね。もっとも、トヨタ自動車さんとか大手はそこまでやっておられると思います。人間のさまざまな感情まで含めてね。今、あおり運転が社会問題になっていますが、そういう感情面もカメラで表情なりいろいろな要素をセンシングして。当然、今は脈とかも取れます。カッとなるとデータに出ると思うから。豊田中研でもそういうバイオ関係をやっている人がいますし、デンソーもそういう部隊を持っているから、やっていると思いますよ。これからはそういう研究も重要になると思います」(聞き手=畑野 旬)

小塚 一宏氏(こづか・かずひろ)1973年名古屋大学大学院修了、豊田中央研究所入社、02年愛知工科大工学部着任、11年同大工学部長などを経て現職。愛知県ITS推進協議会特別会員、愛知県警察交通死亡事故抑止対策アドバイザー。愛知県出身。

日刊自動車新聞9月19日掲載

開催日 2019年9月19日
カテゴリー 白書・意見書・刊行物
主催者

日刊自動車新聞社

対象者 一般,自動車業界