2019年9月21日
日刊自連載「どう防ぐ高齢ドライバー事故」(2)東京大学大学院新領域創成科学研究科 鎌田 実教授 走行速度を下げるのが一番
東京大学大学院新領域創成科学研究科の鎌田実教授は、1990年代半ばから高齢者や障害者の移動手段に関する研究に取り組んできた。2000年からは高齢社会の到来を見据え、高齢運転者の特性や高齢者の移動手段についての研究に力を入れている。高齢ドライバーの事故を防ぐには、走行速度を下げることが一番有効だと話す。
―高齢ドライバー事故が増えています
「高齢者人口の増加とともに運転免許を持つ高齢者も増えているので、事故が増えるのは自然な流れです。一方、国を挙げた交通事故対策の結果、事故件数と負傷者数は減少しています。ただ死者の減少幅は小さくなってきており、国の目標に遠く及んでいない状況です」
―なぜですか
「高齢者は若い人に比べ衝撃への耐性が低く、事故の際の致死率が高いことが一因です。特に後期高齢者でその傾向が強い。衝突安全の考え方では高齢者を守りきれないケースが出てきており、予防安全がますます重要になってきています」
―高齢ドライバーの事故には他の年代とは異なる特徴がありますか
「ハンドル操作やペダルの踏み間違いによるものが多いという特徴があります。また、停止線で止まらず、出合い頭の事故を起こすことも多い。報道の影響で踏み間違い事故が一番多いように見えますが、実際は75歳以上のドライバーが起こす事故の1割もありません。事故の形態や原因をよくみて対策を打つことが重要です」
―国は安全運転サポート車(サポカー)を推奨し、限定免許の創設も検討しています
「サポカーの普及は大賛成です。ただ、サポカー限定免許には疑問があります。なぜなら、今のサポカーで防げる事故は限られているからです。車線逸脱による事故や出合い頭の事故は今のサポカーでは防ぐことができません。つまり、サポカーが効果を出さない部分のリスクは残るわけです。サポカーだから安心とは言えず、サポカーが起こす事故が顕在化していくとみています」
―改善策はありますか
「一つの考え方としてはサポカーの機能を拡充していくことでしょう。さらには、もっと全般的にリスクを下げることを考えないといけないと思います」
―全般的にリスクを下げるとは 「一番の有効策は走行速度を下げることです。スピードリミッターのようなものをつけて、例えば80歳以上の人には時速30㌔㍍以下での走行しか認めないようにするのです。代わりに、元の速度に戻りたい人には検定を受けてもらい、合格したら戻れるようにする。これくらいの制度設計があっても良いと思います。サポカーに買い替えるにしても何百万円もします。事故が起きたら、『なぜそんなものを認めたのか』と必ず非難されます。サポカー限定免許は現実解ではないと思います」
―認知症を疑われる人が事故を起こすリスクもあります
「認知機能検査をして医師に認知症と診断されたら免許停止になりますが、そもそも認知症かどうかの判定は非常にグレーです。定量的な判定基準がなく、同じ人を診ても、医師によって判定が異なる場合がある。医師は運転の可否という重要な判断を押し付けないでほしいと言いますが、警察は運転の可否ではなく、認知症かどうかの診断をしてほしいのだと言います。しかし結果的には認知症の診断が運転可否の判断につながっています。限定免許があれば、医師は安心して『そろそろ限定免許にいって下さい』と言えるでしょう。もともと限定免許の議論はこういうところから始まりました」
―検査をしても重大事故が起きるのはなぜですか
「認知症と診断されて免許取り消しになる人というのはそれほど多くありません。一定期間後の診断書提出になる人や、認知症ではないが会話が困難であったり、問題の意味が分からなかったという人がいるのです。ここは別途、運転技能をみる必要があるのではないかという議論になっています」
―検査や講習の体制にも課題があります
「どのような人に対して運転技能をみたり認知機能検査をやったらいいのかという議論もしています。75歳以上の人は認知機能検査と高齢者講習の2回の予約を取らないといけないのですが、予約を取りきれなくて免許が失効してしまう人がいます。これからもっと高齢者が増えていく中で、どうやってうまく回していくのかという課題があります」
―どのような解決策が考えられますか
「現実解としてはタブレットを配って一度に大勢の人が受けられるようにすればいいと考えています。あるいは80歳以上の人については走行速度のデフォルト(標準)を低速化するという方法もあります。80歳以上の免許保有者は200万人いますから、高齢者講習で運転技能を細かく見てあげないといけない人の数はこれでだいぶ減ります。元の速度に戻りたい人については能力を見て戻すことも考えられると思います」
―車側の対策では既販車対策が求められています
「国がメーカーに対して後付け装置をつくるよう指示しましたが、本来はメーカーではなくカー用品店でやる方がいいと思います。メーカーでやるとカー用品店で3万円で付けられるものが10万円かかってしまう。メーカーはサポカーの機能拡充の方に力を入れるべきでしょう」
―免許を返納する人が増えています。どうみていますか
「返納した後の生活をどうするのかが問題です。一番いいのは車を使わなくてもアクティブに生活できることです。しかし、車が生活の足となっている地域では、運転をやめることが引きこもりの原因になってしまう。そうさせないための一つの方法は、時速30㌔㍍でも15㌔㍍でもいいから移動手段を確保しておくことです。その意味でも速度限定免許があるといい。もう一つは集落にあるマイカーの一部をタクシーとして利用することです。車を保有していると月に5万~6万円の出費になります。月額いくらなら利用してもらえるのか、実証実験で見ていきたいと思います」
―低速超小型モビリティを提唱していますね
「概念としては10年前に動き出し、2012年にはガイドラインや認定制度を始めました。そろそろ限定的ではない形で市場投入できるようにしたいという話になっています」
―軽自動車では不十分ですか
「今の軽は立派になり、国民車として出てきた時とはかけ離れてしまっています。昔の軽くらいの車が将来的にはあった方がいい。ただ、新しいクラスをつくるには5年や10年はかかります。国土交通省は軽の一部基準緩和で整理するのが一番早いと考えています」
―具体的にはどのようなものですか
「軽自動車の枠で整理するとなると衝突安全基準が必要ですが、高速道路は走らないようにして、最高速度を時速60㌔㍍くらいにするのが一つの姿です。さらに、ミニカーをベースにしたところでもう一つ定義し、軽枠のタイプ1とミニカーベースのタイプ2で整理することが妥当ではないかと考えています。高齢ドライバー事故に対応して低速限定にするなら、時速30㌔㍍にして原付にしてしまった方が整理しやすいでしょう」
(聞き手=編集局長 小室祥子)
鎌田 実氏(かまた・みのる)1982年東京大学工学部機械工学科卒。87年同大学院工学系研究科舶用機械工学博士課程修了、日本海事協会技術研究所。91年東大工学部舶用機械工学科助教授、2002年同大学院工学系研究科産業機械工学専攻教授、09年東大高齢社会総合研究機構機構長・教授、13年から現職。免許制度に関する警察庁の有識者会議メンバーや高齢者の移動手段に関する国交省検討会の座長も務めている。1959年3月生まれ、60歳
日刊自動車新聞9月18日掲載
カテゴリー | 白書・意見書・刊行物 |
---|---|
主催者 | 日刊自動車新聞社 |
対象者 | 自動車業界 |