2019年9月20日
日刊自連載「どう防ぐ高齢ドライバー事故」(1)日本自動車会議所 内山田竹志会長(トヨタ自動車会長) 加齢による衰え、技術で救う
高齢ドライバーが起こす交通事故が社会問題化している。事故の映像を見て不安になり、免許証を自主返納する人も増えている。しかし、都市以外の地域に住む高齢者にとってクルマは生活に欠かせない。どうすれば悲惨な事故を無くし、高齢者が安心して運転を続けることができるのか。業界の代表者や有識者に聞く。 ―高齢ドライバーによる重大事故が問題になっています。この状況をどうみていますか
「交通事故で亡くなる人はピークに比べ、だいぶ減ったとはいえ、まだ毎年3500人くらいの方が亡くなっています。これをゼロにしようと私たちは先進安全技術や自動運転技術の開発・商品化に取り組んでいます。しかし昨今は高齢者による事故が目立つ。一般的に高齢の方は速度を出さないので事故があっても車が凹む程度なのですが、最近は痛ましい事故が起きています。小さなお子さんやお母さん、働き盛りの人が犠牲になるのはやるせなく、悲しいことだと思います」
―何が起きているのですか
「いろいろな背景がありますが、皆が認識しなければならないのは、高齢の免許保有者が増えているということです。75~80歳、80歳以上の免許保有者は、いずれもこの10年で2倍に増加しています。一方で、高齢者は身体的な機能が衰えていくという現実があります。こういうことが相まって事故が増えていると思います」
―対策が急務です
「高齢ドライバーの事故の特徴として、車線逸脱、工作物衝突、アクセルとブレーキの踏み間違いがあります。75歳以上のドライバーは75歳未満のドライバーに対し、車線逸脱は1・5倍、工作物衝突は3倍、踏み間違いは8倍多く起きています。こうした実態にフォーカスした取り組みが必要だと考えています」
―ご自身、一人のドライバーとして年齢を重ねて感じる変化はありますか
「バックの駐車が下手になりました。これは認識が遅れているということです。年をとると、認識・判断・操作という運転の各プロセスに少しずつ時間がかかるようになります。目の焦点を合わせることも加齢とともに時間がかかるようになるのです。初代『プリウス』では視線の移動を小さくし、焦点を合わせやすいセンターメーターを採用しました。このように、加齢による機能の衰えを技術で救えないかと考えています」
―新車の安全装備はかなり進化しました
「トヨタでいえばICS(インテリジェントクリアランスソナー)という装置があり、この装置によって踏み間違い事故が7割減りました。7割の効果はすごいと思いますが、逆に言うと3割は事故が起きているということです。これはある車速以上ではドライバーの操作を優先させているためです。間違ってアクセルを踏んでいるのか、本当に踏んでいるのか、車には分かりません。ですから、低速では必ず止めますが、坂道や高速道路など、ある車速以上ではドライバーが意識的に踏んでいると判断しているのです。この残りの30%をゼロに持っていけないか頑張るのが技術です」
―既販車対策も求められています 「センサーで見て、アクセルの抑制をかける後付けの装置があります。トヨタでは、よく売れている車や高齢者に使ってもらっている車を中心に年内に12車種に設定する予定です。早く全車種に広げたいと考えていますし、他メーカーも対応を急いでいます」
―車線逸脱にも対応していきますか
「警報ならカメラを付ければやろうと思えばできますが、トヨタではまずはアクセルとブレーキの踏み間違いの対策を進めます。仕入れ先も含め莫大なリソーセスを投入してもらっていますが、他メーカーも含め皆が同じ部品メーカーに集中している状態です。こういうことは新車の競争とは違うので、なるべく他のメーカーと仕様を合わせて共用化し、部品メーカーの負担を少しでも軽減できないかという相談もしています」
―事故の映像を見て免許を返納する人も増えています
「確かに一つの対策だと思います。しかし、地域の高齢者のモビリティはどうするのかという問題がある。高齢者は運転しなくなると閉じこもりがちになってしまうとも言われています。一方で、これからは健康寿命も延ばしていかなければなりません。そういうことの対策もしながらやっていく必要があります。われわれとしては、安心して運転してもらえるように先進安全技術を入れていきます。それでも返納という人には、地域や自治体が一緒になって移動手段を考えないといけません。単純に免許返納だけでは済まないと思っています」
―地域で自動車業界として協力できることは
「トヨタでは、地方のモビリティのために『ノア/ヴォクシー』クラスの車のシートを高齢者の移動に使ってもらいやすいような仕様に変更し、地域で実証実験をやりました。ほかにもオンデマンド方式など地域でやれる方法を考えていかねばなりません。一つの目的ごとに一つの車にする車両価格が上がってしまいますから、いろいろなサービスの形態に対応できるプラットフォーム的なものをつくっていきます。その究極の姿がモビリティサービスプラットフォームです」
―地域ごとの活動が必要ですね
「販売店が地域に密着しているので、高齢者向けの交通安全活動や新しいデバイスの体験会などが行えます。バーチャルリアリティーによって安全装備あり・なしの仮想体験をしてもらうこともできます。これはトヨタでも一部の販売店に導入しており、効果があるとみています。日本自動車会議所としても会員企業向けに高齢者の事故問題に関する講演会を開き、啓もう活動を展開しています。各県支部での交通安全活動にも、高齢者向けの取り組みを入れていこうとしています」
―高齢化はますます進みます
「まだまだ入り口です。2030年にはもっと高齢化が進みます。事故を減らす取り組みには車、ドライバー、道路環境という3本柱がありますが、高齢社会が急速に進展しているのに、それに合った道路構造の議論があまりされていないように思います。新車の性能と後付け装置、啓もう、道路と三位一体でやらないといけないでしょう」
―啓もうは有効ですか
「有効です。ただ、注意しないといけないこともあります。踏み間違いは本人が踏み間違えているとは思っていません。一生懸命にブレーキを踏んでいるのに、車がどんどん加速するという状態なのです。私は講演などで、一呼吸おいて動作をすることが大事だとお話しています。自分に『大丈夫か』と一言言うのです。私は交差点で右左折する時は、よし、と言ってから曲がります。会社でも口で言うように指導されてきました。町の中では少し恥ずかしいので心の中で言いますが、最近は口に出して言う時もあります。特に最近は自転車がすごい勢いで走ってくるので、左折が怖いと思うようになりました」
―業界は我が事として交通事故の撲滅に取り組むことが必要ですね
「事故で亡くなられた方の家族や事故を起こしてしまった人は悲惨だと思います。これからますます少子化していくなかで、交通事故で人の命が奪われるということに対し、国を挙げてやれることをみんなやっていくことが必要です。交通事故というのは起きるまではどうしても他人事です。しかし、起きたらものすごく悲しいと思います。トヨタでは毎年、蓼科の聖光寺というお寺にお参りに行きますが、住職がこういう話をします。病気は急に亡くなるケースが少なく家族と話す時間がある。しかし交通事故は言い残したいことも言えず突然亡くなってしまう。だから悲惨だと。その通りです。だから技術をもっと追い込む。ただ技術は万能ではありません。啓もう、道路環境との三位一体で取り組むことが必要だと思います」(聞き手=編集局長 小室祥子)
内山田 竹志氏(うちやまだ・たけし)1969年名古屋大学工学部卒、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。第2開発センター第2企画部主査、同センターチーフエンジニアなどを経て、98年取締役、2001年常務、03年専務、05年副社長、12年副会長、13年会長。初代「プリウス」ではチーフエンジニアを務めた。17年に日本自動車会議所会長に就任。1946年8月生まれ、73歳。
日刊自動車新聞9月17日掲載
開催日 | 2019年9月17日 |
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カテゴリー | 白書・意見書・刊行物 |
主催者 | 日刊自動車新聞社 |
対象者 | 一般,自動車業界 |