電動化が難しい大型車の脱炭素化に向け、水素エネルギー技術の開発が進む。三菱ふそうトラック・バスは長距離を走れる液体水素(液水)を本命視し、国内展開に向けた技術開発を始めた。ただ、コストやインフラ整備、規制緩和など技術以外の課題も山積みだ。「開発目線では正しい技術」(三菱ふそう)という水素は〝ポスト・ディーゼル〟になれるか。
カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の手段の一つとして徐々に増える電気自動車(EV)だが、重い荷物を積んで長距離を走る大型商用車では電池を多く積まねばならず不向きだ。三菱ふそうの試算によると、大型車を1日で800キロメートル走らせるには1メガワット時の電力が要る。1日に約4万5千台走る大型車が全てEVになると2千基以上の急速充電器が必要だ。電力網への負荷も大きく、「EVは小型トラックまで」との見立てが広がる。
■車両もインフラも効率性で液体水素にメリット
脱炭素につながり、商用車に必要な機能も損なわずに済む水素エネルギーだが、三菱ふそうは、乗用車で主流の圧縮水素ガス(CHG)より「液体水素の方が正しい技術」(安藤寛信副社長)と見立てる。最大のメリットは、1キログラム当たりの体積がCNGより4割小さいことだ。水素タンクが小さくなる分、積載スペースや積載量を増やせる。
実は、既存の水素ステーション(ST)も水素を液体で貯蔵し、充填時にCHG化している。液体のまま充填できれば、ガス化設備などが不要になる。
ただ、液体水素はマイナス253度以下で冷やしておかないと蒸発してしまう。貯蔵や充填時に気化現象(ボイルオフ)を抑え込んだり、ボイルオフガスを活用する工夫が要る。充填時のボイルオフ対策として、三菱ふそうの親会社である独ダイムラー・トラックはドイツで「サブクール充填(sLH2)」の実証を昨夏から始めた。液体のまま1.5メガ パスカル まで加圧して沸点を上げる技術で、充填時にボイルオフガスを抜く設備が不要になる。国内でもsLH2を普及させようと、三菱ふそうは岩谷産業と共同研究に乗り出す。
三菱ふそうは燃料電池トラック(FCトラック)だけでなく、CHGを使う水素エンジントラックも開発している。液体水素かCHGか、あるいはFCか水素エンジンかの〝本命〟が分からないからだ。大中型トラックマネジメント部の茨木健一郎マネージャーは「片方だけに賭けるのは難しい」と話す。
■厳しい事業環境と増えぬ需要
水素エネルギー自体の将来もまだ読めない。中国では国策で普及が進むが、同国に次いで市場規模が大きい米国では、FC購入時や充填設備への税額控除が9月までに前倒しで打ち切られた。FCトラック開発の米新興、ニコラは今年になって経営破綻した。ホンダも2027年度の稼働を予定していた次世代FCモジュール工場計画の延期を決めている。日本でも水素の小売価格は1キログラム2千円前後(東京都)から下がらず〝鶏と卵〟状態をなかなか打破できずにいる。
「ジャパンモビリティショー2025」では、日野自動車がFCトラック、いすゞ自動車がFCバスを出展したが、いずれもCHGを用いる。トヨタ自動車「ミライ」用のFCシステムをベースとしているためだ。両社の担当者に液体水素の可能性を聞くと、「確かにエネルギー密度では利点があるが、十分な技術ノウハウがなく、将来どちらが主流となるかも判断できない」と口をそろえた。
そもそも液体水素を充填できる商用水素STは国内に存在せず、国内法規はガスでの充填を前提にしているなど、見直すべき規制も残る。
液体水素とsLH2について、三菱ふそうと岩谷産業は関係省庁や日本自動車工業会、水素関連団体などと協議を重ね、理解の醸成を図る考えだ。もっとも三菱ふそうは日野自動車との経営統合を控えており、今後の技術開発の方向性は未知数と言える。
安藤副社長は「決して他社と違うことをやり、勝ちたいわけではない。皆でsLH2を使っていくことを実現したい」と話す。水素エネルギー政策の行方を含め、大型商用車の技術動向が注目される。
(中村 俊甫)















