2025年10月22日
自動車メーカーの受動安全技術開発、続く試行錯誤 電動化・原材料高騰・自動運転…ハードル次々と
自動車メーカーが衝突時の安全性を確保するパッシブセーフティー(受動安全)技術の開発に苦心している。電動化や原材料の高騰、さらに自動運転時代の座席配置という〝三重苦〟が理由だ。事故を未然に防ぐアクティブセーフティー(予防安全)技術が進化する今も、受動安全は乗員を守る〝最後の砦〟だ。限られたリソースで開発を続けようと試行錯誤が続く。
自動車メーカー各社が電動車のラインアップを強化する中、受動安全技術の開発現場では、準備工数の増加が課題になり始めた。衝突実験では車体に加速度計などを取り付ける。計測箇所は1台につき400カ所にもなる。さらに電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)では車載電池の保護性能を検証するため、電池周辺にもセンサー類を追加する。日産自動車によると、電動車の計測器はガソリン車に比べ7割増え、準備を含めた所要時間は1.5倍に伸びるという。そのため同社は、追浜地区(神奈川県横須賀市)で「日産先進衝突試験場2号棟」を今年3月に稼働させた。準備と検証のための作業スペースを多く確保し、電動車をワンストップで試験できる体制を整備した。
ホンダも今春、四輪開発センター(栃木県芳賀町)の「全方位衝突実験施設」に、電動車用ピット(作業スペース)を3台分増やして運用を始めた。電池などが発火した際に備え、内部には防火カーテンを設置。年600回にも及ぶ試験を効率的に進められるようにした。
■ダミーは1体3億円に高騰
物価高騰も衝突試験では課題となる。代表例が試験に用いるダミー人形だ。米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が定める最新のダミー「THOR(ソア)ダミー」は、頭部や胸部へのダメージを精密に計測できるものの、価格は原材料の高騰などで1体当たり3億円近くに高騰しているという。施設では毎日2、3回の実験を実施するため、「ソアは10体近くないとテストを回せない」(ホンダの担当者)。このほか、女性や乳幼児を再現した1千万円前後のダミーを100体以上を使い、さまざまな実験を日々、繰り返している。
受動安全は規制に加え、カーライフの変化にも対応する必要がある。例えば中国では昨今、座席を大きく倒せる「ゼログラビティ(無重力)シート」が人気で、前後席問わず採用が増えている。しかし、座席を大きく倒すと衝突時にシートベルトをすり抜けたり、エアバッグが身体を受け止め切れなかったりする。中国では独自に衝突安全基準をつくる動きも出ているといい、ホンダの担当者は「現実的な評価手法になるよう取り組む」と、基準の策定段階から当局に提言することを視野に入れる。もっとも自動運転が高度化すると、座席配置の自由度がさらに増しそうで、衝突安全対策はいたちごっこの側面もある。
■CAEによる開発の効率化が進むが…
ホンダは2050年の「交通事故死者ゼロ」、日産も将来の「交通事故死者数実質ゼロ」を目標に掲げる。早期実現には、開発の効率化をいっそう進める必要がある。
このため各社は、コンピューター支援エンジニアリング(CAE)の活用に力を入れている。新型車の開発段階で車両や歩行者との衝突安全性を解析することで、実車での試験は「最後の答え合わせ」(ホンダの担当者)の意味合いが強くなっている。日産は新車開発を最短30カ月程度に短縮する取り組みも進めており、衝突試験の効率化と精度向上も重要だとする。
ただ、実車によるテストの重要性は今のところ不変だ。JNCAPなど各国の「自動車アセスメント」は実車試験の結果を公表している。ホンダは独自の歩行者ダミーを用い、車両や地面に叩きつけられた人体のダメージまで細かく検証している。日産の担当者は「乗員の死者は少なくなり、歩行者やサイクリストの対応がポイントになっている」と話す。もっとも受動安全の試験方法は高度化・複雑化の一途をたどっており、国内メーカーの担当者は「東大の応用問題的な試験が増え、足かせになっているのは事実だ。どこまで本当に効果があるか、自己分析する必要がある」とも明かす。
衝突被害軽減ブレーキや車線逸脱防止装置など、先進運転支援システム(ADAS)の進化は目覚ましい。近年は人工知能(AI)を駆使した高度な運転支援技術が登場し、「人が運転するよりスムーズだ」と期待が一段と高まっている。
しかし、人はもちろん、機械も100%の安全性は保証できない。ホンダ四輪開発本部完成車開発統括部の大垣和信主任研究員は「『絶対にぶつからないクルマ』の実現は難しい。衝突安全の重要性は継続されるので、今に満足せず、性能の引き上げに向けて開発を続ける」と語った。
対象者 | 一般,自動車業界 |
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日刊自動車新聞 10月22日掲載