2025年6月23日
〈環境・エネルギーの新潮流 日本総研の眼〉日本総合研究所 髙橋麻璃亜氏 〝ゼロエミッション車〟の落とし穴 自動車業界 脱炭素目標の最適解
髙橋麻璃亜(たかはし・まりあ)氏
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
環境・エネルギー・資源戦略グループシニアコンサルタント
一般的にゼロエミッション車とは、走行時にCO2等の温室効果ガスを排出しない自動車を指し、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)等が該当する。しかし、実際には走行時以外にも、製造過程や燃料供給時にCO2排出が発生するため、社会全体への影響を考慮すると不十分といえる。特に、近年ではEVバッテリー等車体部品の排出量開示要請も進んでいるため、車両製造時の排出量は燃料由来の排出と同様に評価対象に含めることが望ましい。
すなわち、自動車メーカーが社会全体に与える環境影響を適切に捉えるためには、脱炭素目標をライフサイクル全体に拡張する必要がある。企業の温室効果ガス排出量は、「スコープ1、2、3」の区分に基づき、サプライチェーン全体を含めて開示することがスタンダードになってきている。しかし、この指標は自動車の販売台数の変動に大きく影響されるため、1台あたりの排出量を正確に評価することが難しいという課題がある。
従って、自動車メーカーの中には、車1台あたりの排出に着目した評価軸を用いている企業もある。現在、一般的に使われている評価手法は、「ウェル・トゥ・ホイール(WTW)」と「ライフサイクルアセスメント(LCA)」という評価手法である。WTWは、燃料の採掘・製造から車両の走行までを対象とし、自動車の燃料起源の排出量を評価する指標である。
これに対し、LCAは、WTWで扱う燃料起源の排出に加え、車両の製造や廃棄といった工程も含めて、製品全体の環境負荷を評価する。LCAは部品製造時の排出量の把握も必要になるなど、算定の難易度は高まるが、環境影響をより包括的に捉えることができる。
EVバッテリーの製造工程はエネルギー集約型であり、多量のCO2排出が懸念されている。そのため、EVシフトが進む現在においては、LCAに基づく排出量評価の重要性が一層高まっている。こうした流れの中、2025年、日産自動車がグリーン鉄(製造時の排出量を削減した鉄)の採用拡大を公表するなど、自動車メーカーの脱炭素に向けた選択肢は広がりつつある。
さらに近年では、自動車や自動車部品の排出量を管理するデータベースの整備が進み、LCA算定の難易度は下がっている。LCA算定を本格的に開始する好機といえる。これまで、LCAには算定精緻化という課題があった。
2000年代から自動車メーカーはLCA情報を開示してきたが、およそ3万点に及ぶ各部品のLCAデータを遡って取得・反映するのは極めて困難であった。そのため、多くの場合は推計値や業界平均値に頼らざるを得ず、結果として実態と乖離した排出量が算出されることもあった。また、こうした手法はサプライヤー側の努力が反映されにくく、自動車部品メーカーにはLCA算定意義が見出しにくく、実際に算定に取り組む企業は一部にとどまっていた。
LCA算定についてはその必要性も高まっている。近年では、欧州電池規則など国際的な開示規制の強化に対応し、部品製造時のカーボンフットプリント(LCAのうちCO2排出量に特化した値)の算定が求められている。こうした動きを支えるため、日本でも「ウラノス・エコシステム」といったデータ連携基盤も整備されつつある。足元では、連携基盤に接続可能な算定システムの認証が開始され、今後、各企業は認証された算定システムを通じて自社製品のカーボンフットプリント情報を基盤へ搭載し、サプライヤーの製品の排出量情報を閲覧・トレースすることも可能になる。
LCA算定に取り組みやすい環境が整いつつあり、かつ、その必要性が高まっている今こそ、自動車および部品メーカーは、精緻なLCAやカーボンフットプリントの算定に改めて取り組み、脱炭素進捗の定量的な裏付けとして、目標設定の中核に据えるべきではないか。
カテゴリー | 白書・意見書・刊行物 |
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対象者 | 自動車業界 |
日刊自動車新聞6月23日掲載